高きを仰ぎ

アマチュアチェロ弾きの近況報告

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旅行かたがた「聴きに行く」つもりが「弾きに行く」ことになった「陸続きではない場所」のオケの本番が無事、終わりました。

直線距離でも数百キロは離れた所のオケなのに、なぜか、何度もトラに行っているオケで弾いているような感覚。JAOフェスや国民文化祭などの「全国寄せあつめ」オケなともかく、今回の場合、一市民オケの定期演奏会だから、私が一緒に弾いていること自体も不思議なのだが、以前からの顔見知りが何人もいる上、その中の何人かとはふだんからネットでもやりとりをしているら、実際に会うのは1年ぶりだったりするのだが、そういう感覚はない。ちなみに、ひな壇を背にした位置に座っての演奏だったから、私の視界に入るのはコントラバス以外の弦楽器のみ。つまり人数的には40人強のはずだが、その中の8人が知り合いだからかなりの比率。

だいたい、四国のオケで九州と本州に住んでいる人間が一緒に演奏しているのだから不思議な話。さらに、その他に大学オケで一緒に弾いたことがある後輩が1人。人数が多いオケだったし、4年と1年という関係かつ、あまりにも久しぶりだったので、、お互いそういう関係だったとは気づいていなかったのだが、前日の練習の合間に夕食を食べに行った際、「この人、同窓ですよ」という話から「何年卒?」「一年だぶってますよ!」「もしかして○○と同級?!?」という具合に一緒に弾いた仲間であることが判明。

いくらJAOの行事に参加していても、別の楽器の人と話をする機会はレセプションの時などごくわずかで、「一緒に演奏した」だけで終わる人の方がずっと多いので、こんなに知り合いが多いオケといのはあまりないし、丸一日有給休暇を取りやすい日というのはすごく限られている仕事ので、他の日程だったら聴きにもいけなかったであろうオケ。不思議なご縁を感じています。

さて、肝心の演奏の話です。
びっくりするほど「本番に強い」オケでした。
一週間前の「指揮者入り」の練習の録音を事前に聴いているだけに、「これ、本当に同じオケ?!?!」っていう感じ。デッドな響きの練習場とホールという違いだとか、トラが入ったとかいうのがあるにしても、ヴァイオリンと管楽器は基本的には「自前」なのだっから驚異的な「伸び」でした。前日のリハーサル中もどんどん「良く」なっていき、すばらしい本番、あっという間に演奏が終わった感じ。
ふだん弾いているオケも2週間前ぐらいにようやくエンジンがかかるのですが、本番の前日と当日だけでは、ここまで劇的には変わりません。

ちなみに「シェラザード」のソロは還暦を迎えたばかり、というヴァイオリン教室の先生。長くコンマスをつとめている方らしいのですが、これまた、リハーサルとは別人のような本番での演奏。「歴戦の強者」という感じですね。

高響恐るべし。さすが、石油危機やバブル崩壊などで日本中が不況に苦しんでいる時も「こうきょう」だったオケです。

土曜午前と本番翌日の「幕末&自由民権ツアー」の話はまた後で。
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この半年ほどエイパの例会だの寄せ集めの「一発オケ」だのに顔を出す機会が何度かあった。
初対面の人と練習するのはすごくプレッシャーがある反面、楽しさもある。何度も顔を合せているメンバーだとお互いのレベルがわかっているのだが、初対面(あるいはそれに近い人)との練習って、お互い、相手の様子をうかがいながら演奏しているという側面もあるだけに、本番以上の緊張感があったりする。
いわば、毎回オーディションを受けている感じ....

幸いなことに、「またご一緒しましょうね」といった話をいろいろな方からいただけるのだが、油断大敵。

それにしてもアマオケでよくやるような曲はいまひとつ刺激がなくなって来たのは困りもの。最近、演奏していて楽しいのは、オペラとか大編成かつ難曲など、ウチのオケ単独では不可能な曲か室内楽。
演奏のレベルがどんどん上がっていけば、この曲、こんないい曲だったんだって新たな喜びが生まれるのかもしれないが、なかなかそうもいかないし....

何度弾いたかわからない「新世界」、どこか「仕事をしている」ような感覚で今日も弾いてきた。まずいよね、これじゃ。
最近、「必要に迫られて」という側面はあるのだが、「夕鶴」を何度も聴いたり観たりしている。戯曲としての「夕鶴」もオペラになった「夕鶴」も素晴らしい作品だとは思うのだが、何度も聴いていると気になることが....
それは与ひょうがつうに布を頼むシーンの最初のほう。
与「つうはいいことしなあ、なんべんも都さ行って」
つ「あたしはただ、空の上から」
という部分。

夕鶴の舞台は特定されてはいないのだが、佐渡とか東北地方とかいう話が一般的だと思う。実際、舞台となる家は雪の中。
そして都はきっと平安京(京都)。

だとすると中国東北部やシベリアなどから飛来する鶴が平安京の上を飛んで来たとは考えにくい。
ちなみに、四国や九州にも鶴が飛来する場所はあるようなのだが、これだと雪の中の家が舞台というのに無理がある。

これって「夏が来れば思い出す、はるかな尾瀬・・・・水芭蕉の花が咲いている」と同じ世界?(水芭蕉って、今頃の花。夏には咲いていないはずなんだけど)

つまらん、つっこみをしてみたけど、名作ですよ。
海外でも繰り返し上演されている日本の代表的なオペラと言われるけど、それにとどまらず、第2次世界大戦後に作曲されたオペラの中では上演回数がことによると世界一じゃないのかな。
ヨーロッパでも日本でも、新作はいろいろ作られているけど、「繰り返し上演される」って作品は限られるから....
今年も「無事」参加が決まったJAOのフェスティバル。
これまた、「昨年に引き続き」参加者名簿は、同封されてこなかった。
過去何回か参加していおかげで、まるで「七夕」のように年に一度しか会わないのにメールをやりとりしているおかげで、何人かは参加が決まったという連絡ももらったけど、「落選」の可能性もないわけではないので、片っ端から『どうなった???」と聞くのもためらわれるし....

とりあえず、一緒のプルトの相棒がすごく気になる。
あまり気難しい方だとね.....
まあ、たいていの参加者は大丈夫だろうけど。
初めての人と一緒に弾くのって、けっこう気を使う。
まるでオーディションを受けているような気分。
JAO酒田大会の楽譜が届いた。
予備調査からだと約四ヶ月、「弦楽器は(人数的に)全員大丈夫そう」というウワサは聞いていたが、やはり「採用通知」が来るまでは「万が一」ということもあったのでほっと一息。
「参加者名簿」は団宛の書類にも入っていなかったようだが、「常連さん」の間では結果報告も飛び交っている。年に一度、「七夕」のように再会する人もあれば、リアルの世界では「はじめまして」の人もいる。演奏はもちろんなのだが、参加費・宿泊費・交通費等合計ウン万円の費用をかけ、(場所によっては)片道1日近くかかって全国から駆けつけるメンバ-だけに、ハイテンションかつマニアックな人たちとの出会いも嬉しい。

ちなみに、バルトークの「オケコン」は2回目。といっても最初に弾いたのは大学時代だから、ほとんど「一から練習しなおし」みたいな状況。「よくこんなの弾けたよなぁ~!!!!」と楽譜を見てはるか昔に思いを馳せる。
大学時代の最後の演奏会のメインだっただけに、懐かしさもひとしお。ちなみにその前年には「不滅」、さらにその前の年には「サンサーンス3番」を弾いているのだが、これって不思議なことにサンサーンスと「不滅」の間に何年か間がある他は、JAOで私がこの演奏した順と何故か同じ。ということは、「これでオケは卒業」って言われているような感じだが、もうしばらくは卒業しないぞ!

今年は比較的「近い」ので、去年のように「チェロを持ってどうやってたどり着くか」という心配はないのだが、とにかく5楽章は弾くのが大変な曲。それだけにいつもより1ヶ月ほど早く楽譜が届いたのは大変ありがたい。
酒田の皆さん、ありがとう!!!
リアル&ネットつながりの知人の日記の題名に
「##はつらいよ」というのがあった。
自分のオケの練習、その他にストレスを感じているという話を聞いていたので、てっきり.##には「オーケストラ」が入るのかと思っていたら、入る単語は「男」「ハイポジ」「選挙」の3つだった。いずれもなるほどなと思う話だったんだが...

世間の人からは「(あいつは)オーケストラが楽しくってしかたがない」と思われているらしいのだが、私自身は「オーケストラはつらいよ」と思うこともしばしばある。

つらい理由はいろいろあって、例えば、時間的な制約。
きちんと練習に出ようと思うとけっこう、これはつらいものがある。正直言って「今日はオケ休んで仕事しないと間に合わないかな」と思うこともある。ある程度、自分の裁量で仕事できる部分もあるのだが、そうは言っても年に何度かは「師走」もありますから....
ということは、適当に休めばつらくなくなるのかもしれないけど....

それから「自分の努力だけでは解決できないこともある」というつらさ。
自分自身が上手く弾けなくて「つらい」としてもそれは自分で練習すれば解決できるのだが、オケとして練習が上手くいっていない時って、自分が頑張るだけではどうにもならないし...

次に、雑用の多さ。演奏面でいい加減なヤツは最悪だが、演奏面ではまあまあ頑張っていても「私弾く人」みたいな人が多いこと。ある程度組織が大きくなると「自分は動かなくても何とかなってしまう」みたいなことは少なくないが、オケの場合もこれが当てはまる。頼めば、ある程度やってくれるのだが、学生時代も含め十年以上オケやってる人が大部分なのだから、いちいち頼まれなくても何とかならないのかと思うとつらい。給料もらってる時はまだしも、そうじゃない時まで「学校の先生」みたいなことはやりたくないのだ。

他にもいろいろあるけど、それでも辞めずにいるのは、時には「やっててよかった」って思えることもあるから。マラソン走ったり、険しい山に登る人もこんな感じなんだろうか。
昨年5月に始めたピアノトリオ、11月に初の自主公演をやった後は、ヴァイオリニストの腱鞘炎だの、ピアニストのオペラ裏方だの、私の復活オケだのいろいろあって長い冬眠状態だったけど、ようやく活動再開。
といっても、実は、こんなことになるとも思わずに申し込んでおいたロビーコンサートの期日が迫ったので、活動再開をせざるを得なかったってこともあるんだけれど...

結局、リリーフをお願いすることになったヴァイオリンのSさんも彼女が当地に引っ越して来た時からの顔見知り。学生の頃はジュネスにも出ていた上手な方で室内楽でも一度ご一緒できたらな、と思っていたのでちょうど良い機会となった。
ただ、腱鞘炎でリハビリ中のヴァイオリニストのことを考えると「めでたさも中くらいなり、おらが春」状態ですね。

ロビーコンサートということもあり、よく知られた小品でプログラムを組むことにしたのだが、小品ばかりで30分というとけっこう曲数が必要になる。事前に主催者に連絡しておいた曲だけでは時間が足りないこともあって楽譜を持ち寄り、大初見大会。
けっこう良さそうな曲もある反面、アレンジが今ひとつの曲もあった上、プログラムとして並べてみると問題発生!
「ゆったり系」の曲が多くて、軽快な感じのがほとんどない。
それでも何とか9曲ほど選んでようやく本番に向けて動き始めた感じ。

楽譜的に「難しい」曲はないのだけれど、「みんなが知ってる曲」ばかり並べるのってけっこうプレッシャー。ちょっとしたミスでもバレそうでね。(笑)それとピアノが相手だとちょっとでも音程外すとよくわかってしまうこと!弦楽器だけのアンサンブルだと音色が似ている関係か、ピアノ相手ほど音程が悪くても「目立たない」上、お互いがなんとなく「歩み寄って」結果的に合っているように聴こえちゃうこともあるんだけど、ピアノが相手だとそれが通用しないから怖い。ただ、「室内楽初心者」の私にとっては「場数を踏む」大事なチャンス。見た目の「簡単さ」に騙されず、クオリティの高い演奏をめざして頑張ろう。
他県のオケにいるチェロ仲間が自分のオケを評して
>東大・京大を目指して頑張っている生徒もいれば地元の私立で十分という生徒や放課後のバイトにせいを出している生徒もいる・・・
例えるとこんな感じでしょうか。。。(笑)

と書いていた。
地方の場合、アマオケの数が多くて「自分に合った」オケが選びやすい首都圏などと違って「ごった煮」状態になるので、1つのオケの中にかなり上手な人もいれば初心者同然の人もいるし、意識の高い人間もいれば、そうではない人間もいることが多い。彼の文章を見て、いずこも同じだなと思いつつ、これって、ストレスが溜まるんだよなと思った次第。

技術的な問題というのは、「過程の問題」みたいな面もあって、誰でも最初から上手だったわけではないから、あまり上手でない「新人さん」が来たところで、一生懸命練習に取り組んでいればそれほど気にならないものだが、向上心のない人たちと一緒にオケをやるのは辛い。
大学受験の場合なら、まわりが「バイト命」の人たちばかりでも、自分だけ頑張れば結果につながるけれど、オケの場合は団体競技みたいなもんだから「多勢に無勢」状態になるので、自分の努力が報いられないことも多いのだ。

ひとくちに「音楽を楽しむ」と言ったところで、いろいろあって、
「東大や京大を目指して頑張っている生徒」みたいにひたすら練習に励み、よりよい演奏を目指し、それが実現することに喜びを見いだす人もいるが、
口では「いい演奏をしましょうね」と言いながら、客観的に見ると「地元の私立で十分」というレベルの努力で満足している人もいる。
さらに、「オーケストラの中に自分が入っている」というレベルの(在籍しているが)「放課後のバイトに精出している生徒」みたいな人もいる。
この結果、ある人たちが「音楽を楽しんでいる」一方で真面目に取り組んでいる人が「音楽を楽しめない」ことも起こりうる。

音楽の場合、勝ち負けがはっきりしているスポーツなどと違って、演奏の良し悪しを判断できるか否かも「本人の力量」によって違うからよけいにタチが悪い。
「東大・京大をめさす」タイプの人は多くの場合、自分で楽器を弾いて喜んでいるだけじゃなくて、積極的に演奏会を聴きに行ったりする人が多いのだが、そうでない人は「聴きに行く」面でも「それなり」の人が多いから、演奏の良し悪しを判断するという点でも「それなり」である。最近話題の「鈍感力」の持ち主と言えないこともないが....

正直な話、「くたびれたぁ~」と我慢の限界寸前になることもあれば「気を取り直して頑張ろう」と思うこともある。
明日からの合宿、いろいろな面で「疲れる」と思うが「心地よい疲れ」になることを祈りたい。
「悪貨は良貨を駆逐する」という言葉がある。
いわゆるグレシャムの法則。本来は経済学の話なのだが、ことによるとオーケストラにも当てはまるのでは、と考えている。

というのは、自分自身も含めてなのだが、オケの練習に出ていてストレスが溜まったという話を別の複数のオケに在籍する複数の友人から聞いたからである。

正直言って、真面目にオケに取り組むのって、けっこう「つらい」ものもある。
一番大きいのは、時間的な制約。真面目にオケに取り組もうとすればするほど、練習日には、他にやりたいことがあったとしても練習を優先させるようになる。ただ、これってけっこう辛い。
それでも練習が充実していたりすると、苦にはならないのだが、オケの雰囲気が停滞して来たり、「演奏会の谷間」の時期に、あまり気合いの入らない曲の練習が入ったりすると、義務感だけで練習に出るようになり、ひたすら疲れるだけになってしまうこともある。
特に弦楽器の場合、管楽器のように「オケはイマイチだったけど、あの人すごく良かったね」ということはあり得ないのでよけいにオケ全体の出来不出来が気になると思う。

練習や本番がどういう状態だと充実感が得られないかは、その人のレベルによっても変わるからよけいにタチが悪い。ちゃんとやっていない人間は何も感じない一方で、真面目に取り組んでいる人間のほうが挫折感を持ったりすることもある。

特に、ある程度、上手で、ソロや室内楽でも楽しめるようになると、負担が多い割には満足感が少ないのでオケには入らなくても十分、音楽を楽しめることになるので、その結果、「上手いから入らない」という人も現れる。特にアマチュアに場合、生活がかかっているわけではないから、嫌なら話は簡単である。

もちろん、ストレス溜めながらも、オケでしか描けない「極彩色の絵」みたいなものを求めて、オケを続けている人も少なくはないのだが....

「悪貨は良貨を駆逐する」という法則がオーケストラには当てはならないことを祈るばかりである。
契約しているケーブルTV、空前の「クラシック・ブーム」のお陰か、4月からクラシカジャパンの放送をはじめるそうだ。
ただいまキャンペーン期間ということで、タダで見放題なんだけど、これがなかなか良い。ただ、「トスカ」の幕間の休憩中の音楽がなぜか「魔弾の射手」???
何で??と思ったら、他のオペラも同じ....
いったい誰に選曲させたんだろう。
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