FC2ブログ

高きを仰ぎ

アマチュアチェロ弾きの近況報告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
今日は年に1度の大学の県レベルでの同窓会。原則として毎年2月の第3金曜日に、塾長をお招きして開催される。
塾長と一緒に会場に入って来た常務理事の顔を見て驚いた。どこかで見た顔。
何と大学時代に講義を受けたことのあるM先生みたい。懇親会の席で「私、先生の***の授業受けました」と言ったら、非常に驚いておられた。卒業してから、それなりの年数が過ぎたから、当時教えを受けた先生方で現職で居られる方はわずかなのだろうが、M先生は、その年、大学に戻られたばかりだったから、私たちの代が「はじめての教え子」となる。もちろん、何百人もを相手に講義をしたわけだから、私のことを個別に覚えているわけではないのだが、先生にとっても「一年目」ということもあり、すごく印象に残っているようだった。商売柄、逆の立場のことは何度かあったのだが、最初の年の教え子って、多数いる教え子の中でも、どこか特別な感じがするもののようである。教員の数も卒業生の数もすごく多い学校だけに、恩師に会うとこは確率的にはかなり低いはずなのだが....

そして、アトラクションのフラダンス。こっちは、事前に知ってはいたのだが、踊っている1人は同僚。実は、うちの大学の同窓生の中には「変わり種」も時々いるのだが、当地でフラダンスの先生をしている女性がある。偶然にも彼女がその人の弟子だという話は、何ヶ月か前に師匠のほうから聞き、「今度、アトラクションで出ることになった」という話も本人から聞いていたのだが、予想以上に本格的なフラダンス。全国レベルのコンテストで上位に入っただけのことはある。
それにしても、事前に知っていても意外な姿とレベルの高さに驚いたぐらいだから、万一、突然見ていたら心臓が止まるほど驚いたと思う。

それにしても,世の中は広いようで狭い。
スポンサーサイト
ご近所のオケの今度の定期演奏会の指揮者はBonさんだという。大学時代のオケの1年先輩。たしか5年ほど前の「創立100周年記念」の時に、三田の鶴乃家で卒業以来すごく久しぶりにお会いしたのだが、あまり変っていなかったので、すぐにBonさんだとわかった。
ちなみに当地のプロオケのコンマスも大学の先輩。私がオケデビューをさせていただいた時、コンマスが彼だった。

ちなみに、大学は音大ではない。
音大出てても、演奏家としてやっていける人はごく少数だというのに、なんちゅう大学じゃ!そういえば、面識はないけど、同じ時期には千住3兄弟なんてのもいたな。

そんなメンバーもいる世界で鍛えられたおかげで、今でも、気力と求める水準だけは高い。
タイガーマスクで言えば「寅の穴」みたいな所だよね、我が出身オケは!!!
卒業式

我が母校は、卒業生との結びつきが強い学校として知られている。
卒業したから一定の年数ごとに、連合三田会の幹事学年が回ってきたり、卒業式や入学式に招待されるのだ。
ちょうど今年は「節目の年」
招待塾員として、卒業式に参加してきた。平日だというのに、同期の一割を越える六百数十人が参加、卒業式後の塾員招待会も含め、旧交を暖め、久しぶりの日吉を楽しんできた。
おおいに楽しんだが一つだけ残念だったのは、卒業式の音楽担当は昔から吹奏楽だったこと。オケが担当するのは入学式なのだが、これに呼んでもらえるのは卒業50年。ということは、「この世にいない」可能性もある年齢である。
参加者一同、長生きして、入学式も参加しようなと誓い合った。
大学の同窓会の県支部(みたいなもの)の総会に初めて参加した。
遠路はるばる塾長はじめ4人の方がお見えになり、約40分間の塾長講話もあった。
わが母校は1858年の創立。もうすぐ150周年を迎える。
記念事業に向けてという意味もあるのだが、建学の精神や日本ならびにアジアの近代化にわが母校が果たしてきた役割を熱く語る塾長講話を聴きながら、やはり一度は中津を訪ねてみたいという思いが強くなった。
一番手っ取り早いのは、今年の8月。ただ、問題はメンバーに選ばれるかということと、チェロを持っての真夏の旅になるということ。この際、楽器を持たずに参加、その後、ゆっくり旅行と言う手もあるな、と思いつつも、やはり、自分は「弾いてなんぼ」の人間だしな、と思う。
若き血

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。